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「10年たって」その3

「10年たって」その3
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 表題が 「続編」、「その3」と続くのは変ですが はじめから1つのテーマを3回に分けて書こうとしたのではなく 1回、1回は完結した文章として書いたのですが 発表した後、次のテーマが浮かんで来て こういう表題になりました。
 宇野の3段階論的区分で見れば(私は宇野の『資本論』理解は間違っていると思っていますが、経済=下部構造を3段階論的に整理することは正しいと思っています。なお宇野と対立する共産党などの『資本論』理解も間違っていると思っています) 私の展開は原理論にあたり 花山君は現状分析にあたります。意識的に分担したのではありませんが、結果としてそうなっています。だから「わいわい通信」としては 段階論、つまり現代帝国主議論が論究されねばならないテーマとして残っていると言えます(たまには触れていますが)。
 結論的に言えば 私は 現在は依然として資本主義の最高の、それ故最後の発展段階である帝国主義段階であると考えていますが 資本の基軸が産業=生産資本(実体経済)から利子生み資本(貸付貨幣資本)に、それも架空のに転換した時代だと見ています。帝国主義は資本主義の独占段階と規定されるので 論理的には今も帝国主義段階と言えます。利子生み資本・貸付貨幣資本とは 産業資本の循環(G-W…P…W'-G')の外にあって 産業資本にお金を貸して利子を取り、自らを増殖させる資本です。産業資本に貸すとしたのは資本を対象とした理論的展開だからであって 現実には貸付貨幣資本が貸す相手は 利子が取れる処であればどこでもよい訳です(例えばサラリーマンローンなど)。過剰生産に陥り経済発展が行き詰まると、産業資本は新たな設備投資を控えるので 貸付貨幣資本の貸す相手は産業資本以外への比重が大きくなっていきます(例えばリーマンショクを引き起こしたサブプライムローンは低所得者への住宅購入の融資であり、利払いは労賃=収入の支出にあたります)。また 株取引や為替などの投機に走ります。
 「グローバリゼーション」という言葉がはやっていますが 資本主義で資本が1つになることは絶対ありえません(『資本論』Ⅰ巻23章の結語の論理や『帝国主議論』の不均等発展論)。超過利潤、生産性つまり搾取率の向上をめぐる資本間の競争がなくなれば 資本が運動する内的・自発的必然性がなくなってしまうからです。独占と言っても 自由競争を排除するのではなく、自由競争の上に立つ独占です。グローバリゼーションとは それぞれの巨大資本や多国籍企業が投資先を求めて世界的に展開しているということであって 巨大資本・多国籍企業が独占=分割戦をしていないということではないのです。グローバリゼーションを帝国主義の次の段階と見なし、総金融資本が共同で労働者・民衆を搾取・収奪していると考えることは かつてレーニンが批判した「超帝国主議論」そのものです。グローバリゼーションと唱えている人の多くは「革命」という言葉を一切使っていません。資本主義の発展の先に革命抜きに未来社会があると考えているようで まさしく資本主義への屈服とその美化にほかなりません。ソ連の崩壊・中国の変質とマルクスの理論の基本での理解の誤りゆえに 共産主義社会実現への確信を失われたようです。

 マルクスは 資本の区分として 『資本論』Ⅰ巻では 生産資本を展開し(搾取を明らかにし) Ⅱ巻で 生産過程の総流通を検討し 価値で考えると、拡大再生産を続けていると生産財=中間財が不足する事態が生じ、資本制生産は必ず行き詰まることを明らかにして Ⅲ巻で 利潤率の均等化を導きだした後、利子を解明し 利子生み資本(貸付貨幣資本)論を展開しています。そして 利子生み資本は昔・アジア的生産様式の時から商人資本とともに存在していましたが 資本が生産過程を捕らえること(生産資本の成立)ではじめて資本主義社会が成立したと展開しています。資本主義は銀行などの発祥の地であるルネサンスのイタリアではなく、イギリスで成立しました。だから 資本主義の最後の状況を 利子生み資本・貸付貨幣資本が資本制生産そのものを崩壊させようとしているとき(資本制生産が過剰生産に陥り 産業資本で利潤が出なくなっているのに、貸付貨幣資本が強引に利子をとることで 産業資本・資本制生産は倒産・破局に追い込まれる。資本主義の自己否定)として論述しているのだと思います。なお 利子生み資本・貸付貨幣資本は 人間生活にとってまったく要らないものです。
 レーニンが 『帝国主議論』で 生産(産業)資本が過剰生産と恐慌によるその破壊を繰り返しながら発展し 過剰生産が「解決不能」に陥った長期の停滞・不況期(1880年代からの約20年間)の後、大企業や資本のグループ化で独占が成立し 資源・商品市場をめぐる分割と争闘戦の(帝間戦争に行きつく)時代になったと明らかにしたことは 当時としてはまったく正しかったのです。だが それは産業資本=実体経済が基軸であった時の話であって 利子生み資本・貸付貨幣資本、それも架空の貸付貨幣資本が基軸になった現在に 単純にそのままあてはめることはできないのではないかという疑問が生じると思います。実物・実体経済のときは排他的に勢力圏=領土的分割戦として展開されますが 利子生み資本・貸付貨幣資本が基軸になると 資本間の競争戦・争闘戦は 市場の、特に金融市場の占有力(何%を占めているか)として現れるので 実体経済の時と同じとは言えないのではないかということだと思います。

 レーニンは『帝国主義論』で 帝国主義のメルクマールとして5点をあげています。「(1)経済生活の中で決定的役割を演じている独占を創りだしたほどに高度の発展段階に達した、生産と資本の集積 (2)銀行資本と産業資本との融合と、この『金融資本』を土台とする金融寡頭制の成立 (3)商品輸出と区別される資本輸出がとくに重要な意義を獲得すること (4)国際的な資本家の独占団体が形成されて世界を分割していること (5)最大の資本主義的諸強国による地球の領土的分割が完了していること」です。そして続けて「資本主義のこの発展段階が資本主義一般にたいしてもつ歴史的地位や、あるいは労働運動における2つの基本的傾向と帝国主義との関係をも念頭におくならば、帝国主義はこれとは別様に定義することができるし、また定義しなければならない」と述べ (6)資本主義の寄生性と腐朽化 (7)労働貴族の発生 を指摘しています。
 「超帝国主議論」的に帝国主義は新たな段階に入ったと主張している人たちは レーニンの規定の(4)と(5)が変わったと述べていますが (4)は先に見たように より独占と寡頭制が強まったのだから 独占資本が世界を分割していることには変わりありません。だから問題は(5)の検討となります。なお (6)と(7)の傾向も変わりません。貸付貨幣資本が基軸になったということは 貸付貨幣資本は新たな価値を創らないので 寄生性の深化・増大にあたります。
 確かに現在、地球上には約200の国があり かつての植民地であった地域はいまほとんどが独立国となっているので 一見したところ「領土的分割」は終焉したように見えます。だが 経済的占有力や支配力で見たら かつて植民地であった国々の多くは いまもかつての宗主国が政治的・経済的に支配・占有していると言えるのではないでしょうか。つまり形式民主主義と同じで 確かに投票権は民衆の手に入ったが、民衆は現存の経済・社会体制の中で生きるしかなく 経済的・社会的にみればブルジョアジーが支配しているのと同じだということです。政治的・上部構造は議会制民主主義で「国民主権」と唱われていますが 経済的・下部構造は資本制生産のままで 資本が依然として支配していることに変わりはありません。
もし どの国が占有・支配しているかを統計的に明らかにするのであれば その国への海外からの長期投資(投機をのぞいた)の国別割合を見れば良いのではと思います。

 資本の基軸が産業資本から貸付貨幣資本に、それも架空のに変わったことをもって 水野和夫のように、実体と架空とに段階論的に区別することは可能かと思われますが 利子が利潤にとって替わったのではありません。利子は 産業資本(生産資本)で創り出された利潤や労賃(収入)から出ているのであって 何か別のところから出ているのではありません。新たな価値は生産過程でしか創られません。「金融資本の蓄積様式」と言われていますが 利子生み資本・貸付貨幣資本は 個々の資本としては産業資本や民衆から、つまり他人から略奪して増大していますが 社会全体でみれば蓄積も拡大もしていません。だから 格差が生じた根本原因は 利子生み資本・貸付貨幣資本にあるのです。リーマンショックの後 危機に陥った資本は公的資金の投入を求めて国家に回帰していると言われました。架空の貸付貨幣資本の救済策は公的資金(国債)なのです。
 グローバル化で資本が国家を超越したとは言えません。TPPを見れば判るように この巨大資本が儲けるための投資協定は 国家によって批准・承認しなければ 成立しません。依然として「国家主権」を前提としているのです。資本は これまでタックスヘイブンなどを使って税金逃れをして利益をあげてきましたが(国家からの超越・逃亡) 世界的な危機に突入し、自らの破滅が目前に迫っているが故に 再び国家依存・自国第一主義への回帰が始まっています。
 米大統領選挙でトランプが勝利しました。彼は TPPやNAFTAに反対し、アメリカ第一主義を掲げ、差別と排外主義を煽っています。当選が決まった日から 差別と排外主義のヘイトスピーチやヘイトクライムが横行し、危機感をもったヒスパニックや黒人の抗議行動が起こっています。いまこの自国第一主義は アメリカだけではなく英・仏など先進国のほとんどで叫ばれています。維新や小池都知事らも同じだと思います。彼らは 貸付貨幣資本(金融資本)やそのイデオロギー・政策である新自由主義に反対しているのではなく 自国資本の世界的展開で空洞化する自国の産業・経済を取り戻したいだけなのです。トランプの最初の政策は法人税の大幅引き下げです。その下げた分は 民衆の税負担増大に帰着します。資本の発展が行き詰まり危機に陥り、自国第一主義的に利益を追求しようとしたら 国家間の対立へと向かうことは火を見るよりも明らかです。
 確かに 何億もの民衆を地上軍(地上戦)で制圧することなど不可能ですから 昔のような大国間の戦争が起こると考えることは現実離れのように思われます。だが 大国同士が自国の利害を賭けて軍事的対立にまで至ったとき 戦争は絶対起こらないと言える人は誰もいないと思います。かつて日本は 今から考えれば 負けると解っているのに戦争に踏み切ったのですから。敵の本拠を攻めない戦争は初めから負けると決まっています。マルクスは「損失の配分が問題となったとき兄弟間の戦闘に転化する」と指摘しています。
 現にいま 資源市場としてのアフリカと、生産工場および商品・投資市場としての東南アジアで 日本と中国とは競い合っています。両国とも国のトップが 財界の要人を引き連れて売り込みの先頭に立つという必死さです。だからこそ 釣魚台をめぐる軍事的緊張が煽られ 南スーダンへの自衛隊派兵をエスカレートさせようとしているのです。これまでのアメリカの政策は 世界の覇権を維持するために GDP世界第2位の中国とは共存関係を維持しつつ、かつ中国がアメリカを追い越さないようにと日本に対中国強硬策をとるよう煽ってきました。だが トランプが大統領になれば 米軍の後ろ盾があてにできなくなり 日本が単独で積極的な軍事戦略をとる危険性さえ起こりえます。
 帝国主義規定の(5)を否定するのは それを認めたら革命の必要性を掲げねばならなくなるからであって 「帝間戦争はもはやない」を主張したいためだと思います。

 架空の貸付貨幣資本は2種類あります。1つは擬制資本と呼ばれるもので 定期的収入を利子と見なし、その利子を生む資本が存在するとするものです。株価や土地価格がそれにあたりますが 実体経済の影と言えます。もう1つは国債で 実体経済とは何の関係もなく 議会の承認によって作られます。景気が悪くなると擬制資本は減少しますが 国債発行は増加します。
 利子生み資本・貸付貨幣資本は 産業資本にお金を貸して利子や配当を得ることで自らを増殖しようとする資本です。だが同時に 株・債券や為替の価格差で投機的に儲けようとします。つまり 貸付貨幣資本の儲け口は 投資と投機の2面があります。投資は長期的に貸し付け利子や配当を得るもので 投機は短期的に株・債券や為替の売買を繰り返し利益を上げようとするものです。貸付貨幣資本の原資は かつてのイギリスの保険業のように大富豪の自己資金だけではありません。投機=バクチは元手の多い方が必ず勝ちます。だから 貸付貨幣資本は 低利でより多くのお金をかき集め、それを高利で貸し付けてその差で儲けようとしています。
 貸付貨幣資本は 貸したお金の利子が入らなくなって、集めたお金に利子が払えなくなったときに破産・倒産します。しかも集めたお金は 儲けるためにほとんどが貸し出されているか、投機で使われてしまっています。だから 産業資本が過剰生産故に生産した商品が売れ残りだすと、新たな追加のお金が必要となり 一気に利子率は高騰します。またヘッジファンドなどが国債の売りを浴びせれば 国債の価格は下がり、利子率は高騰します。さらに 現在の経済は信用つまり貸し借りの連鎖で成り立っているので 1ヶ所でもその連鎖が断ち切られると次々と借りたお金が返せなくなり、すべての連鎖が断ち切られ 金融恐慌から大恐慌へと爆発していきます。

 大国間の戦争(帝間戦争)と世界大恐慌のどちらが先に起こるのかは解りませんが 資本制生産の過剰資本・過剰生産的危機は いまやどちらが爆発してもおかしくない情勢を迎えています。危機爆発の救済策である公的資金の原資である国債の発行は もはやどの国も限界に達しています。日本の国債発行残高は約1100兆円、GDP(約490兆円)の2倍以上の国債が返済されることなどありえません。原発もそうですが 日本は「我亡き後に洪水よ来たれ」の道をひた走りに走っているようです。中国では 政府高官自身がタックスヘイブンを利用して自己資産の海外移転・逃避をしていると言われています。
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