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「市場の再分割」か「市場統合」か

「市場の再分割」か「市場統合」か
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 革共同再建協の機関誌『展望』17号(2016.1発行)に 関西地方委員会の「新自由主義的グローバリゼーションと対決する民衆運動の構築へ」が掲載されています。関西地方委による決定文書の様に見えますが これは討論中の案=たたき台です。だから 題の後に「(案)」と書くべきだったと思います。
 章立ては Ⅰ 戦争法反対闘争(第3次安保闘争)の総括 Ⅱ 日米同盟の新段階へ Ⅲ
新自由主義的グローバリゼーションとは何か Ⅳ 安倍政権といかに闘うのか Ⅴ 当面す
る闘いについて です。
 Ⅰ、Ⅱの政治動向を経過的に展開したところは 皆がそれぞれ意見を述べているようなので、そこは皆にまかせ 私は Ⅲで展開している現在の帝国主義の捉え方はカウツキーの超帝国主義論の現在版のように思えるので 意見を述べたいと思います。
 産業資本主義段階と帝国主義段階との違いは自由競争か独占かの違いですが この独占は 自由競争の上にそびえたつ独占であって、自由競争を完全否定・排除する独占ではありません。つまり 資本主義では 資本は他の資本を打ち負かし、あるいは呑み込むこと(合併や買収)で1つになろうとする傾向を持つのですが 絶対に1つになることはないのです。もし資本が 産業ごとにであっても世界的に1つになったのなら 資本間の利潤・超過利潤競争、あるいは生産性向上の競争はなくなり 資本主義ではなくなります。
 マルクスが『資本論』Ⅲ巻15章で「万事が順調であるあいだは、… 資本家階級の実践的友愛として作用するのであって、…。だが、問題がもはや利潤の分配ではなく、損失の分配となれば、…。敵対する兄弟間の戦闘に転化する。」と述べているように 「発展期」と過剰資本・過剰生産になり発展が行き詰まった危機の時とでは 資本間の態度はまったく逆になります。「発展期」には 利潤を資本の大きさに応じて平等に分配していた(利潤率の均等化・友愛)としても 危機になると 自らが生き延びるために、他の資本が破産しようが知ったことではないと、自分の利潤は絶対確保しようとするのです。その典型が 98年アジア通貨危機を作りだし、東南アジアの経済を大混乱に陥れながら 自らはボロ儲けしたヘッジファンドです。資本は 自らを増殖させる価値と規定されるように 利潤が得られず、増殖できなくなったときには 破産・破滅するしかないのです。しかも 貸付貨幣資本は 産業資本(生産と流通)とは異なり 自ら新たな価値を作り出すのではなく、産業資本が「作り出した」価値を横取りする資本です。増殖のための「自己解決力」を持っていない分 よりあくどくなります。貸付貨幣資本が 格差社会を生み出している元凶です。

 論文では Ⅲ(1)で「グローバリゼーションとは世界を単一の金融市場への統合に向かう資本の運動である」と規定しながら Ⅲ(5)では「市場統合という最新の資本主義=新自由主義的グローバリゼーションの傾向に…」と述べています。「金融市場」と限定して規定していたのが 「市場統合」と全産業を含む市場一般にすり替えられています。グローバリゼーションは 「カネ・モノ・ヒトの自由移動」と一般的には言われていますが ヒトやモノには依然として国境(パスポートやビザ、関税や数量規制=輸入制限)が存在し グローバル化している(あるいは今後グローバル化していく)とは言えません。
 ところで いま問題になっているTPPは 経済ブロックではないのですか。私は 米・日による環太平洋地域の囲い込みだと思います。域内では関税をなくし、域外に対してはこれまで通り関税をかけ貿易を制限することは ブロック化そのものです。他方 中国が 対抗的にアジアインフラ投資銀行をつくり アジア投資の胴元になろうとしていますが それは「元」経済圏を意味するブロック化に行きつくものだと思います。
 一定の地域で市場統合が成立したとしても 地域外に対して同じ基準で貿易をしていなければ それはブロック化にすぎません。「市場の再分割」と「市場統合」とは 抽象的論理的には対立している様に思われますが 現実には地球規模での市場統合でない限り、地域的な市場統合はブロック化の現象・現れに過ぎません。
 だから 「市場の再分割」と「市場統合」とを対立させ、結論を導きだそうとするやり方は 経済学ではなく、社会学の手法であり 根拠を示さず恣意的に結論を導き出してお
り 論理的・理論的「詐欺」だと思います。

 資本主義は 74、5年恐慌で実体経済が過剰生産の壁にぶつかったことが明らかになった後は 各国が国債を発行して価値的裏付けのない通貨を創り出し、それを投入して 経済の維持・発展を追求してきました。しかし発行された国債は それで得たお金は政府
によって使われてしまい無くなったはずなのに (架空の)貨幣資本として積み上げられていきます。87年のブラックマンデーと91年のバブル崩壊で 過剰資本状態に陥っていることが明らかになりました。追加貨幣の投入という危機乗り切り策(弥縫策)が 危機の原因である過剰資本を減らすのではなく、より大きくしていっているのです(何たるパラドックス!)。金融緩和政策も追加貨幣の投入です。その後 先進国は 一方で生産・工場を人件費の「安い」海外(発展途上国)に移し 他方国内では 合理化や非正規職への転換で労賃を切り下げ、またバブルを発生させて 膨れ上がった(架空の)貨幣資本に利子を保証(捻出)しようとして来ました。だがそれも08年リーマン・ショックで破綻し それ以降、中国やBRICs諸国へ投資することで何とか生き延びようとしてきたのですが 昨年明らかになった中国経済の成長率の鈍化やBRICs諸国の経済の停滞として 世界経済そのものが過剰生産・過剰資本による危機爆発の一歩手前にあるのです。

 論文はⅢ(5) 帝国主義とグローバリゼーション で レーニンの帝国主議論と新自由主義的グローバリゼーションとを対比させ レーニンの帝国主義についての5つの指標をあげ ①~③はより強まっているが ④、⑤は違うのではないかと展開しています。
   レーニンは帝国主義の基本標識[指標のこと]として次の5つをあげた。
   ① 経済生活のなかで決定的役割を演じている独占を作りだしたほどに高
   度の発展段階に達した、生産と資本の集積
   ② 銀行資本と産業資本との融合と、この「金融資本」を土台とする金融
   寡頭制の成立
   ③ 商品輸出と区別される資本輸出がとくに重要な意義を獲得すること
   ④ 国際的な資本家の独占団体が形成されて世界を分割していること
   ⑤ 最大の資本主義的強国による地球の領土的分割が完了していること
   今日の資本主義はレーニンが「帝国主義論」を著した20世紀初頭とは
  比較にならないほど強力な独占と金融寡頭制を築き上げている。資本輸出
  の面でも同様である。すなわち①から③までの基本標識においては、20
  世紀初頭の資本主義と今日の資本主義は本質的に変わっていない。むしろ
  レーニンが指摘した傾向が飛躍的に強まっていると言っていい。問題は④、
  ⑤の市場、領土の分割にかかわるところである。前項で述べたように、グ
  ローバリゼーションとは、世界を単一の金融市場へと統合しようとする資
  本の運動である。すなわち資本の傾向が「市場の分割・再分割」から「市
  場統合」へと変化しているのである。

 「金融市場の統合」と「市場統合」とを意識的に同じものであるかのように論述している誤り(論理的詐欺)は 先に述べた通りです。従って「資本の傾向が市場の分割・再分割から市場統合へと変化している」という結語・主張は間違いだと思います。よって④と⑤について検討します。
 ④は「国際的な資本家の独占団体が形成されて世界を分割している」ですが これは事実の問題として いまもその通りではないのですか。パソコン・携帯電話や自動車・飛行機をみれば、あるいは石油や銀行・保険を見れば一目瞭然です。パソコンは 世界的にマイクロソフトとアップルに独占されています。
 その上で論理としても ①から③の傾向が飛躍的に強まっているのなら ④の傾向も飛
躍的に強まっていることは当然ではないのですか。そもそも資本主義の独占は 自由競争の上に立つ独占なのだから 独占がより大きくなることと、その裾野にベンチャーなど零細資本が参加することとは同居しているのです。また 数個の大資本によって分割・独占されていても 大資本同士の競争はなくなりません。
 ⑤は「資本主義的強国による地球の領土的分割が完了している」です。確かに 戦後ほとんどの地域が独立し「植民地」はなくなりましたが それは形式であって、実質は経済的・政治的には先進帝国主義国(かつての宗主国)によって支配されているではありませんか。例えば イスラムゲリラを口実としたフランス単独によるアフリカ・マリへの軍事介入です。フランスは かつての宗主国として マリに鉱物資源掘削の利権を独占しています。いま中国は 新たな商品・資源市場を開拓するためにアフリカで色々な工作を繰り返しています。レーニンが⑤で言いたかったことは 「領土的分割が完了している」ではなく「完了しているから、再分割の競争が行われている」です。つまり「新たに始まった競争を見よ」ということです。第二次大戦後は アメリカ・イギリス・フランスなど戦勝国によって、つまりアメリカ主導によって分割は「完了」していたのです。それを確保し続け、更に広げようとするアメリカのいま的政策がグローバリゼーションと新自由主義ですが 競争する先進国は 同じグローバリゼーションと新自由主義を掲げて市場の再分割戦を展開しているのです。フランスは ドイツに続いて日本・安倍にマリ攻撃の「援軍」を要請したと言われています。アメリカを外しているところに 帝国主義間の争闘戦を見抜かねばならないと思います。またアメリカは 中国主導のアジアインフラ投資銀行への参加を拒否していますが ヨーロッパは参加を表明しています。
 帝国主義・資本主義(世界経済)の発展が完全に行き詰まり、「友愛」から「兄弟間の戦闘」に転換しようとしている時に ④と⑤を過去の話として否定することは 世界の今後の動向を正しく把握する視点を放棄することになります。同時に 74、5年恐慌後に資本の基軸が(貸付)貨幣資本に転換したことを見抜けなかったかつての誤りを 再び繰り返すことになります。しかも 今回は74、5年後とは逆で これから世界は分裂化・ブロック化の傾向を強め、帝間戦争の危険性が増そうとしているのに それを否定することになるのです。

 いま先進国では イスラム排斥を掲げた右派勢力が台頭しつつありますが その原因は同じ資本主義の発展の行き詰まりであり 彼らが政権を握った時には ファシズム的政治が吹き荒れるということになり 世界戦争により一歩近づくことになりかねません。
 大国同士が何らかの軍事的衝突を引き起こしたとき(それがたとえ対イスラム国という同じ「目的」であったとしても) ロシアとトルコの衝突の例を見るまでもなく 経済的基礎が「兄弟間の戦闘」に転換しているときには 対立・戦闘は一気に拡大し、世界戦争の引金になりかねないのです。軍事は いったん始まると ケリ=勝敗がつくまで終らないということです。
 論文は Ⅱで戦争の形態が帝間戦争から対テロ戦争に変わったと述べています。現象論的にはそう見えますがもしこれが帝間戦争を否定するものとして述べられているのであれば 以上述べたように間違っていると思います。また その根拠として④、⑤が否定されているのであれば かつて第一次世界大戦の時、戦争が始まりだした途端に戦争賛成に転落した第二インターの道を 再び歩むことになりかねません。なぜなら 超帝国主議論と帝間戦争ない論とは 同根だからです。
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