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『未来』の11.24集会報告を読んで


『未来』の11.24集会報告を読んで
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 革共同再建協の『未来』237号(17.12.21付)に 11月24日の「何とかならんかこの日本!? 普通の人々のための経済政策 欧米反緊縮左派の主張から考える」という集会の報告が載っていました。講師は立命館大の松尾匡氏で 氏の主張がわりと詳しく紹介されています。私は集会には参加していないので、記事を読んでの感想・意見です。
 報告者の感想は 松尾氏には「左派、リベラルと自覚する人の間にはまだまだ反発も多く、松尾さんの提起は浸透していないように見えるが、正面から向き合い検討すべきものだと思う。」です。私は 松尾氏の主張は100%間違っていると思います。
 報告より松尾氏の主張を要約すれば「安倍政権が『第一の矢』でやろうとしたのは、まさに量的緩和と財政出動の組合せだった。安倍政権に、野党はお株を奪われてしまったのだ。…左派は景気拡大作戦に負けたのだ。それ以前に、日本の左派リベラルは、望ましい経済政策とはどのようなものかを見失っている。欧米の左派政党はこぞって『量的緩和』と『財政出動』を打ち出して躍進した。…サンダースの公約の目玉は5年間で1兆ドルの公共投資による雇用拡大だった。人民のための財政拡大、量的緩和は当たり前の政策だ。…中央銀行が直接に財政資金をまかなえば良い[日銀による国債引き受け]。日銀の持っている国債は事実上返さなくていいものだ。『安倍よりも良い景気を実現する』と訴えて安倍に変わる受け皿になろう。」というものです。
 「人民のための財政拡大、量的緩和」「普通の人々のための経済政策」といかにも民衆のための政策であるかのように述べていますが 松尾氏の安倍批判は「間違っている」ではなく「なまぬるい」「もっと財政拡大、量的緩和しろ」であって これでは安倍・アベノミクスの尻押しにすぎません。

 第1に 人間は労働によって作られた生産物で生きているのであって、お金で生きているのではありません。お金は生産物(商品)交換の媒介物にすぎません。しかも いまや高額のお金はコンピュータの中にしか存在しません。昔のように燃やして暖をとることもできません。問題は お金ではなく、年間の総生産GDPを 民衆と資本家とでどれだけ分けるかという話です(本質論的にはすべて民衆のものです)。法人(企業)や高額所得者の減税など資本への優遇をやめ、彼らから昔のように税金をバッチリ取り 消費税をなくし生活保護や介護などの福祉にお金を回し、最低賃金を上げろということです。GDPが拡大していないのにお金だけが増大すれば 当然インフレになります。いまインフレにならないのは(2%アップの物価目標は未達成) 生産拡大が行き詰まり、あり余ったお金が株・債権などの金融商品や為替などの投機に回っているからです。
 第2に 道路や鉄道などのインフラ公共投資を増やしても そして投資額のほとんどが資本家のピンハネを禁止して労働者に回ったとしても 民衆のお金・収入は増えますが、個人消費財が拡大するわけではないので 当然インフレになります。インフレになれば 一定額のお金で買える商品量が減るので 民衆の生活は悪化していきます。非正規や個人請負で働き収入が減っても、いまデフレだから生活必需品以外は買わないことで何とかやれているのです。インフレになれば生活必需品も値上がりし飢えと貧困が一気に拡大します。
 第3に 安倍や黒田が「財政拡大、量的緩和」政策をとっているのに 景気は停滞したままです。一向に好くなりません。株価だけが高騰して、景気が好いかのような雰囲気が醸し出されていますが 年金の繰下げ支給や生活保護費の切下げなどで低所得者は更なる貧困生活を強いられています。学生は教育ローンにがんじ絡めにされています。問題は これだけおカネを投入してもなぜ景気が好くならないのかを考えることだと思います。
 第4に 政府が国債発行で得たお金は 公務員の給料やインフラなどの建設に使われ 公務員や労働者はそのお金で生活品を買うので 流通手段として使われます。だが 一担流通手段として使われた後は 受け取った商店や企業から決済のために銀行に預金されます。そうして いま格差社会を作り出している金融資本に転化します。金融資本(貸付貨幣資本)は 自らは生産にタッチしないでお金を他人に貸しつけ、貸した相手から利子をとることで自らを増大させていきます。利子は生産過程で得られた利潤(剰余価値)から払われます。だからいまの産業資本家は 増大した利子を払うために利潤を増大させねばなりませんが 生産拡大が行き詰まっているので 労働者の賃金を減らすしか方法はありません。国債発行による財政投入は 一時的にはカネ回りが良くなったように見えますが長期的には金融資本を増大させ、その利子分が増えるので 貧富の差つまり格差はますます広がり民衆の貧困は増加していきます。
 第5に いま日本国・政府の借金はGDPの2倍です。もはや償還は不可能な額です。だから松尾氏は「日銀引き受けで」と主張しているのですが もしそうしたら通貨円は実体経済の裏付けのないかつて戦時中に発行された軍票と同じになります。再び戦争・戦争経済にならないようにと、戦後は国債の日銀引き受けを禁止してきました。松尾氏の主張は戦前への回帰で、安倍の志向と同じです。国家への信頼が揺らぐと通貨円はただの紙切れになり、ハイパーインフレになります。今後は、日銀が国債をすべて引き受けたとしても これまでの国債は市場に出回っています。「日銀引き受け」と決まった瞬間に 日本国債の投げ売りが始まり、国債価格は一気に暴落し一般的利子率は高騰し 企業倒産が続出することになるでしょう。しかもいまは外国の金融資本も日本の国債を買っています。だから国債が下がりそうだとなると 一気に売りを浴びせるでしょう。国家への信頼が揺らぐ前に 危機は爆発します。
 うがった見方をすれば 松尾氏は早く危機が来て欲しくて(革命が早く来ると思って)主張されているのかもしれませんが。
 確かに これまで危機に陥りそうになると 財政を投入して危機の爆発を防いできましたが それは資本の危機を国家・政府が肩代りしたというだけの話です。国の借金がGDPの2倍にもなっているいま 国家・政府の破産が問題になりだしているのです。
 第6に 黒田日銀は 量的緩和の結果を出そうとマイナス金利を導入しました。その結果 銀行から企業への貸出金利は1%にも満たない事態が引き起こされています。昔、銀行は借受(預金)金利に1%上乗せした金利で企業に貸し付けていました。1%は その銀行の人件費や儲けなどの経営費でした。このままマイナス金利が続けば 信用金庫などの零細金融機関から破産・倒産していくでしょう。大銀行さえもがリストラを発表しています。リーマン・ショックのように金融機関の破産・倒産から恐慌が爆発する時代に もはや突入しているのです。
 第7に 国債発行による財政投入で一時的に経済は動きますが 長期的には貧富の差が拡大し、格差社会はより激化し 民衆の貧困と窮乏はより拡大していきます。だから 松尾氏の主張は いまさえ良ければという考えです。マルクスが指摘した資本家の「我れ亡き後に洪水よ来たれ」と同じ感性だということです。
 しかも 国債の無尽蔵の発行で経済がうまくいく(恐慌の爆発はなくなる)と考えた瞬間に 過剰生産ゆえに資本主義経済は危機に陥るのだという根本が忘れられ 国家があればやっていけると考える国家依存症に陥るということです。それでは 民衆の生産と社会の主人公性は 画餅に帰してしまいます。危機が来ても 誰も国家権力を打倒しようとは考えないという事態になってしまいます。だから 回り道のように見えても (架空の)貨幣資本は民衆にとっては害悪以外の何物でもなく、民衆は実体経済つまり生産で考え切らねばならないということを 繰り返し明らかにしていかねばならないのです。
 第8に いま民衆が考えるべきは どうしたら景気が好くなるかではなく、企業の破産・倒産が起こっても どうすれば生きていけるか(必要な生産を維持できるか)を考えることではないでしょうか。

 未来社会にむかう革命には 既存のブルジョア階級のための国家・政府を打倒して、民衆の自己権力を打ち立てる闘いと資本制的生産関係を破棄して共産主義的生産関係(その核心は生産協同組合)に置き替える闘いが必要です。もちろん 前者・既存の権力打倒の闘いは それを通して後者を全面的に実現するためのものです。
 だが 生産協同組合化の闘いは 部分的・個別的には革命前情勢から着手しなければなりません。なぜなら 革命前でも資本間の競争に負けて破産・倒産する企業が生じるからです。
 労働組合と生産協同組合は ともに労働者のための組織ですが 根本的に異なります。労働組合は資本(家)のもとで 労働者の生活と労働条件を防衛・向上させるための組織です。他方、生産協同組合は 資本(家)がいなくなった処で 労働者だけで企業の運営と生産に携わっていく組織です。だから 恐慌が爆発するような危機の時代に 生産協同組合化を指向しないで、労働組合に固執することは 間違っていると思います。第7で述べた内容です。
 中央派(清水・安田派)は「労働組合で革命をやろう」と叫んでいますが いまその労働組合が生産協同組合に向かって脱皮しようとしていない限り 労働組合に固執しているということであり、資本(家)依存症に陥っているということです。
 未来を切り開く革命には先に述べたように2つの闘いがありますが 一方だけを主張して他方を忘れることは 革命を永遠の彼岸に押しやるものです。社会民主主義は国家権力の打倒を忘れ スターリン主義は生産関係の変革を忘れていると言えます。
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